風のままに進むんだ

美しく帆を張れ!ここに書いたものが遺言だー!

論理的という名の理不尽が横行する

とある雑誌を読んでいたら、マネックス代表の松本大さんが、母校の開成中学・高校について「先輩に昼食を5分で食べろなどと言われ、社会に出てから学ぶような理不尽さを若いうちに学べた」という旨述べていた。

松本さんは輝かしい経歴を持つし、奥さんは美人(大江麻理子さんだ)で、日本を代表する進学校の出身である。
そんな上層のコミュニティーにも、理不尽が多くあるんだと僕は安心した。

社会では結構、理不尽さに対して不満を抱えている人は多いようだ。
ただ理不尽さというのは、割と主観的なものだと思う。自分で期待して、裏切られると理不尽さを感じることが多い。定義が人によって相当違うのだ。

さらに、自分自身が常に論理的に行動しているかと問われれば、答えはノーであると思う。
(ずいぶん前に読んだのであまり覚えていないが、「予想どおりに不合理」という本に書いてあった気がする。)

予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 増補版

予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 増補版

そればかりか、僕の場合は理不尽的に振る舞うことを切り札としている感すらある。
理不尽は論理の鎖が切れているからこそ、突破力がある。それに突然理不尽な行動に出ると、最終手段っぽい雰囲気が出て効果的だ。

皆が等しく論理的に行動する、そんな世の中は、上下層の格差をさらに広げ、頭の悪い奴は這い上がれなくなるかもしれない。

それはむしろ理不尽ではないだろうか。理不尽という乱数が、逆転劇をもたらすこともあると思う。