風のままに進むんだ

美しく帆を張れ!ここに書いたものが遺言だー!

「Eカップがニットを破りそう!」という記事のタイトルを見て、「職業に貴賤はない」という言葉に対して疑義が生じた

「職業に貴賤はない」という言葉があるが、本当かどうかは怪しいところだ。

「子どもたちに誇れるしごとを。」というキャッチフレーズの企業がある。僕はこのキャッチフレーズが好きである。
貴賤の定義は様々だが、一つの捉え方として、子どもや両親・知人などに胸を張って話せる仕事は、良い仕事だと思う。
反対に、そうではない仕事も確実にあるだろう。もちろん、見返りに得られるお金の多寡とは関係がない。そこが面白いところだ。

従業員の家族が、職場見学や工場見学で職場を見に行けるような会社があるらしい。これはいい取り組みである。
家族や知人に現場を見せることができる仕事も、いい仕事と言えるのではないか。

僕は普通のサラリーマンをしている。それなりに長く続いている会社だから、会社自体は社会に必要とされているのかもしれない。
が、より細かく仕事の内容に目をやると、本当にどうしようもない仕事をする時がある。いつもではないが、確実にある。

そんな時僕を救ってくれるのは、とある大衆芸能メディアのネット記事だ。ページを開くと

「Eカップがニットを破りそう!」
「ボタン飛びそうな爆裂バスト見せ“ワルあがき”!」
「「剛毛の極太棒」を上下動!謎動画が艶すぎると大反響」
「頭を隠して胸隠さず!」

しょうもないタイトルの記事が並ぶ。内容も、本当に取材したのか怪しい気がするようなものだ(本当に取材していたら申し訳ない)。

この記者は、仮に家族に記事を見られたらどう思うのだろうか。
例えば、新入社員の記者が妹に「僕の書いた記事がニュースに載ったんだ!」と伝えたとする。そして妹がネットで記事を見てみたら「Eカップがニットを破りそう!」と書いてあったとして、果たしてどうなのか。
胸を張って「僕が書きました!」と言えるのかは、よく分からない。まあ記事によると胸が張りすぎてニットは破れそうらしいが。

上の例を考えると、まだ僕のやろうとしている仕事は捨てたもんじゃないかもしれないと自分が奮い立つ。
下を見ているようなやり方は良くないのだが、事実この瞬間、この記事は僕という一人の人間を救ったのである。
下に見ているようで、僕はこの記事に救われているのだ。

この記者は尊い仕事をしているのかもしれない。
そうなると、やはり職業に貴賤はないのか。