風のままに進むんだ

美しく帆を張れ!ここに書いたものが遺言だー!

このご時世に、精神論(根性論)が有効な場面があると主張する

精神論(根性論)は嫌われやすい。
「気合いで何とかしろ!」というやつだ。

しかし、僕は「自発的」「最後の一押し」という条件下で、精神論を肯定する。

「自発的」に精神論を出す状況は「精神論が有効な状況」か、「どうしようもない状況」のどちらかである。どちらの状況なのかを見極めできさえすれば、精神論を活かすことができる。

「精神論が有効な状況」というのは、「最後の一押しで精神論を出せば、勝てる場面」である。全てを出し尽くし、最後は気持ちの強さで押すしかないような時である。

端的に言うとフルマラソンにおける35㎞~40㎞ぐらいの状況である。走っていない人には分からないと思うが、あらゆるスポーツには同様の場面はあるはずだ。そんな場面がない運動はスポーツではなく、エクササイズとかフィットネスとかの類だろう。

精神論を毛頭から否定する人は、この最後の一押しで差をつけられ、敗れる。
宿澤広朗氏も「理論の裏付けがあって初めて精神論が生きる」と言っている。理論の裏付けがあれば、精神論は生きるのだ。他の条件が全て横並びであれば、最後は気持ちの強い方が勝つのは当然である。

ただし、前述した「どうしようもない状態」で精神論を使ってはならない。競争相手や目標、現状と自己の溝があまりに埋め難い場合である。
それは、そもそも立てた目標や辿ってきた道、挑む相手が間違っているということだ。戦う以前の問題で、自己の戦略・戦術がおかしい。

もちろん「自発的」でなく、他人から強要されたものは何も生まない。他人から供用された精神論のことはパワーハラスメントという。根性は強要されて出すべきものではない。

精神論もまた、論理的に繰り出すものなのではないだろうか。根性をうまくコントロールできれば、競り勝てる場面が増えると思う。