風のままに進むんだ

ここに書いたものが遺言になる予定

和洋折衷の凄腕料理人 プロコフィエフ

セルゲイ・プロコフィエフというロシア・ソ連の作曲家がいる。5歳で作曲に目覚め、9歳で最初のオペラを書いた、まさに天才である。
彼の自伝はとても面白かった。

プロコフィエフ 自伝/随想集

プロコフィエフ 自伝/随想集

そのプロコフィエフは生涯で2曲のヴァイオリン協奏曲を残しているが、全くもって作風が違う。

第1番は20代中盤(1917年)に書いた曲で、ロシア革命直前にアメリカ・フランスに亡命する前の曲だ。第2番は亡命を経てソ連に帰国してから、45歳ぐらい(1935年)で書いた。
余談だが、アメリカ亡命は日本を経由して行われ、その時日本にも長期滞在している。

プロコフィエフは音楽院在学中、まだ学生の時分にピアノ協奏曲第1番・第2番という挑戦状を楽壇に突き付け、その後も急進的な音楽を多々生み出してきた。

ところがキャリアも中盤に入り、1930年代前半にソ連に帰国する前後から作風が転進、保守的な曲も増えてくる。
(ここでいう保守的というのはロマン主義以前の音楽だろうか。僕は和声や対位を勉強しているわけではなく、主観的に過ぎない。学がないので苦しい。)

ヴァイオリン協奏曲第1番は、朦朧とした非日常・グロテスクな展開だ。急発進・急停止を繰り返し、展開もソナタ等ではなく奇妙である。主題もぼやけ、夢遊病のような感がある。

対する第2番は1楽章がソナタ、3楽章がロンドと、従前に従っている。楽章ごとに主題がはっきりし、民族性も伺える。


Prokofiev - Violin Concerto #2 3rd movt (Heifetz)

第2番の第3楽章は躍動感あふれる3拍子のスペイン舞踊風だが、これが素晴らしい。ソ連人だろうが、天才だから何でも書ける。

打ち鳴らされる打楽器と共に独奏ヴァイオリンがリズミカルに踊りまくる。
第2番といえばハイフェッツが2度録音した物が有名だが、有名な理由は上の動画で確認できる。
こんなに鋭くリズミカルに音を操られると、舞踊というよりかは剣舞に近い感を受ける。

話を戻すが、プロコフィエフは土着的かつ強烈な歌心がある第2番のような作品と、非日常で瞑想的、奇怪な第1番のような作品、どちらも書いてしまう。
(なんと、小説も書いていて日本でも出版されている。)

真の天才だ。

5%(5円)引きに固執した者の末路

勤め先のカードを提示すると、特定のビルの特定の店舗で商品が5%引きになる。

その日はドラッグストアに行き、98円の栄養ドリンクを買った。レジに持って行ったが、「98円から5%引いてもらうべきか」と逡巡してる間に、店員さんは既にバーコードを読み取っていた。

慌ててカードを出したら、店員さんが「98円の5%引きで、93円になります!」と、大きな声で丁寧に説明してくれた。
後ろに並んでいた人にも、隣でお会計をした人にも聞こえたことだろう。

だったら最初から出すべきだった。堂々とすべきであったと反省。

恥ずかしさが5円を超えた。

ストリートミュージシャンと視聴者数の関係性

職場の最寄り駅前には、ストリートミュージシャンが多い。
演奏許可が取りやすいとか?よく分からないが、巨大ターミナルではないので改札も少ない上、改札を出たらすぐ演奏スペースがあるから、効果的なのかもしれない。

演奏されているジャンルはポップスからカントリー系、クラシックまで様々である。
立ち止まって聴いている人も結構いる。東京は皆が早足で歩くから、こういう人たちを見ると安心する。

しかし納得行かないのが、ミュージシャンが女性だった場合、かわいい子ほど聴衆が多いことである。

果たして何を聴いているのか、芸能・芸術とは何なのか、とても考えさせられる。
(チェックしている僕が言えたことではないが。)

小諸そばの向かいに小諸そばがあった

末広町の近くに、中央通りを挟んで小諸そばが対峙している場所がある。

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一体どういう事なのか。
小諸そばは確かにおいしいし、メニューも凝っていて使いたくなるお店である。しかし、横断歩道を渡ればすぐの場所にもう一店舗あるのはなぜか。

テナントあたりの容量が限られているので、2店舗構えてお昼にお客さんを捌くため?店長は兼務?調達は共同か…色々考えてしまう。

家電量販店で多いが、「○○館」「△△館」などと、店舗を分けているところは多い。ああいうところも、店長は兼務なのだろうか。だとしたらなかなか大変である。

ほぼ同じ場所にある2店舗だが、業績的にはどうなのだろうか。お店の規模は分からないが、これで売上に差が付いていたら少し悲しい気もする。

ピースの角度は30°

ゆきりぬさんというYouTuberに最近ハマっている。

僕は背が高くて高学歴(理系)な美女に弱い。自分が背が低くて勉強があまり得意ではなく、なおかつ文系だというのがあるのかもしれない。
もちろん、ゆきりぬさんは背が高くて高学歴(理系)な美女である。
あと、個人的に新潟県出身の女の子はかわいい人が多いと思うが、ゆきりぬさんは新潟県出身らしい。

動画の内容は勉強法の伝授からマシュマロをひたすら口に詰め込むものなど幅広いが、話し方が分かりやすく、集中しないでも内容が入ってくる。
僕は頭が良くないから話し方が分かりやすい人がいい。マシュマロを口に詰め込むだけだって、話しが分からなかったら何も楽しくはないのだ。


【嘔吐】マシュマロ何個入れられるかやってみた!

動画で人生が変わったとか日常で実用できるとかではなく、ただ癒される。それだけであるが、他はどうでもいい。

何も考えずにただ見ているだけだから、新規の映像がどんどん出てくればそれでいい。そういう意味で、自分の需要とYouTuberの供給というのは相性が良いのかもしれない。

最近ありがちな「身近なアイドル」でも悪くはないと思うが、僕はステロタイプなアイドルに興味はなく、ライブなど現地に行く趣味もない。そういう点で、YouTuberはいい。

ゆきりぬ 1st フォトブック ピースの角度は30°

ゆきりぬ 1st フォトブック ピースの角度は30°

フォトブックも買った。会社に置いて癒されている。すでに何人かの同僚から「これ誰?」と言われ、布教を開始している。

「ピースの角度は30°」という書名でありながら、表紙でピースをしていないのが面白いと思う。

ゆきりぬさんの今後から目が離せない。

めっちゃ有名な曲(チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番)

チャイコフスキーのピアノ協奏曲1番は有名だ。

冒頭の3拍子を耳にすると「これどこかで聴いたような…」となる。超有名なメロディである。数年前に、和田アキ子さんがパチンコ屋さんのCMで熱唱していたあれである。

実はこれは主題ではなく序奏で、ここ以降は一切登場しない。こんなに雄大で美しいメロディーがだ。この思い切った構成が曲のメリハリに拍車をかけている。
(余談だが、チャイコフスキーは1度気に入ったメロディがあれば執拗なまでに繰り返してくる印象が強く、この選択は意外と受け取れた。)

ピアノ協奏曲は、モーツァルトの時代まではオーケストラとピアノの対話的な進行が、協和を生み出すような曲のかかれ方がされていた。それがいつの間にかピアニストの技前を試すようなものという定義付けになり、曲も時代も変わっていった。

この曲は、現代においてピアニスト達の最重要レパートリーの一つになっているようである。しかしこの曲は必ずしも奔放に弾き倒せる曲ではない。個人的意見だが、オーケストラとソロが牽制し合い、手綱を握り合うスリルさが曲に最良の作用をもたらす。


Tchaikovsky / Richter / Von Karajan, 1962: Piano Concerto No. 1 in B-flat minor Op. 23

僕はリヒテル/カラヤン ウィーン交響楽団(1962年)が好きだ。リヒテルカラヤンとオケのパワーに真っ正面から拮抗し、時に抜け出し、時に共鳴する。
冒頭や1楽章フィナーレ(動画21分15秒~22分00秒あたり)のスケールは圧巻であり、しかも繊細。決して大味になることはない。感情は込められているが、ギリギリでコントロールされている。リヒテルダイナミクス、繊細さ、オケとの距離感を全て備えたピアニストだと分かる。本当に素晴らしい録音である。

それにしてもこの曲といいヴァイオリン協奏曲や交響曲6番(悲愴)といい、第一印象は散々だったのだから世の中というものは分からない。

昔「私の評価は歴史が行う」と言った人がいたが、あながち間違いではないと思う。評価を受ける本人が言う言葉ではないとは思うが。

西武新宿駅(しょうもない駅)

先日友人と飲むため、生まれて初めて西武新宿駅に行った。

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西武新宿駅というのは、とても不思議な駅で、なおかつしょうもない駅でもある。世界最大のターミナル駅新宿駅を構成しておきながら、新宿線の利用客数が隣駅の高田馬場より少ないのだ。

何でこんなことになってしまったのか。多分、とにかく使いづらいからだと思う。JRの駅から遠いし、地下から行っても薄暗い。そして壁が茶色いのが陰鬱な雰囲気を濃くする。
サブナードやPePeといった隣接する地下街も、「どうしてもサブナードやPePeに行かないと即死する!」というレベルではない気がするラインアップだ。

元々は、JRの新宿駅まで延伸させる計画だったらしい。しかし計画が頓挫したためなのか、ターミナル駅なのに乗り換えに不適という、何とも中途半端な駅になってしまった。

よく似た状況で、さらにひどいのが京成上野駅である。隣駅の日暮里駅の半分ぐらいしか乗り降りしていない。おまけにJRの上野駅は目と鼻の先であるのに、人が全然いない。あそこは悲惨だ。

上野で空いているカフェを探すなら京成のヴィドフランスに行けば大体席が空いている。悲しいが事実だ。

新宿に話を戻すが、西武新宿駅には公衆電話がある。今となっては珍しいが、駅の目立つ位置に数台並んでいるタイプだ。
先日行った時はすべて埋まっていた。若い人も使っていたが、どういう事情だったのかが気になる。